ポーランド政治・社会情勢(5月1日〜9日)

 

1.レッペル、ギェルティフ入閣の反応

 5月5日に発足した新三党連立マルチンキェヴィチ改造内閣の評判。

○ガゼータ・ヴイボルチャ紙世論調査:政治家への信頼度―レッペル副首相7%、ギエルティフ副首相5%、J.カチンスキ「法と正義」党首16%、マルチンキェヴィチ首相53%。内閣は首相の評判で持っているのが浮き彫りに。

○5月6日教育省前、同9日はワルシャワ大学発で、ギエルティフ教育大臣退陣要求のデモ。

○内閣改造後初のワーキング・デーの風景:後任外相の任命延期、保健相の辞任申請、新副首相の有罪判決確定

○フランクフルター・アルゲマイネ紙の論評「新連立の『法と正義』と『家族同盟』を連合させたのは、反ユダヤ主義、保守民族主義で、自己解釈的な「カトリック」のラジオ・マリヤである。彼らはEUに敵対的である。」

 

2.レッペル、前科7犯に。

 5月8日、ワルシャワ控訴審は、レッペル副首相兼農相の名誉毀損、下院議長職権濫用の容疑で、一審の有罪判決を支持、禁固1年6ヶ月、執行猶予5年の刑が確定した。(ポーランドの裁判制度では、上告の有無に関係なく二審判決で法的効力が発生する)。

 本件は、レッペル副首相が2001年の下院議長在任当時に、議長席から民主左翼連合、市民プラットフォームの政治家に対し事実無根の暴言を行ったもの。法律家の一部には、本件はレッペルが1999年の道路不法占拠で受けた有罪判決の執行猶予中に起きているため、収監の可能性もあると指摘している。

 ポーランドでは、法律上、地方自治体の首長は有罪確定判決で失職となる。各紙は、「市長は失職、副首相は安泰」と皮肉った。

 

3.レリガ保健相、辞任へ

 5月7日、レリガ保健相は、新連立与党の政策は遂行出来ないとして、辞任を申請した。マルチンキェヴィチ首相は当初留任を要請したが断られ、後任選定まで2週間の時限留任を要請、同保健相は同意した。

 新連立三党は、一部私営病院を除くポーランドの病院を、以前の国・自治体予算による直接運営、実質的な国公営制に復帰することで合意した。レリガ保健相は、現行の国民健康基金(NFZ)体制による、保険医療体制を支持しており、政策の根本的な相違が明らかになった。与党「法と正義」出身のピェハ次官との対立も原因とされている。

 医療では、医師、看護婦の待遇、特に給与に対する不満は大きく、10日にも抗議行動が予定されている。

 

4.司教会議、ラジオ・マリヤ問題で合意。実質的なリズィク神父の「勝利」

 5月3日、カトリック教会の国内意志決定機関である司教会議は、ヤースナ・グーラで「ラジオ・マリヤ」(RM)問題の検討会議を開催した。RMは、過度に政治的に偏向として教皇庁から批判を受けており、その体制改革は5月下旬の教皇訪問前に解決が必要な問題となっている。

 司教団スポークスマンは、RMの設立母体であるレデンプトール修道会との間で、司教団4名、修道会側4名で構成される番組評議会の設置や、RM定款の改正などで合意が成立したと発表したが、詳細は対外秘とした。最大の焦点だったRM主宰者のリズィク神父の解任は回避され、実質的に同神父に有利な結論となった。前日の5月2日には、カチンスキ与党「法と正義」党首が、「(リズィク神父の解任は)報道の自由の侵害だ」と神父を擁護する発言を行い、議論を呼んでいた。

 

5.フォティガ外務副大臣、外相就任

 5月9日、カチンスキ大統領は、フォティガ外務副大臣を大臣に任命した。ポーランドで初の女性外務大臣となった。新大臣はこれまで国内外であまり名が知られず、一方1980年の「連帯」時代からカチンスキ大統領の信頼があつい人物で、ジェチポスポリタ紙は「無名だが、大統領に忠実」と見出しを掲げた。同紙は、「『法と正義』はレッペル、ギエルティフ入閣でもポーランドの対外評判を落とさないだけの権威を持つ人物を模索したが、全て断られたため、与党・大統領に忠実な人物を選んだ」とコメントした。

 なおメレル前外相は、大統領府外交顧問への招請を断った。

 

6.国防次官、カティン博物館のロシア大使館前への移転を提案

 5月8日、シチグウォ国防次官は、ワルシャワ・モコトフにあるカティン事件博物館(ポーランド軍事博物館支館)を、ロシア大使館に隣接する国防省内敷地に移転することを提案した。同次官は、「カティンでの殺害責任を負う国に対する我が国の意思表明のため」と理由を説明している。ロシア政府は、カティン事件はスターリン一派の通常犯罪であるとして、ポーランド側が主張する特定集団対象の無差別殺人(ジェノサイド)の認定を拒否している。コモロフスキ元国防相は、この提案について、「カティン博物館は憎しみの表明のためにあるのではない。」と批判した。