ポーランド・マルチンキェヴィチ首相内閣
2005年10月
政 務 班
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○首相 |
カジミェシュ・マルチンキェヴィチ(Mr.Kazimierz Marcinkiewicz) |
法と正義 |
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○内務行政相 |
ルドヴィク・ドルン(Mr. Ludwik Doln) |
法と正義 |
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○外相 |
ステファン・メレル(Prof. Stefan Meller) |
非議員 |
駐露大使 |
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○財務相 |
テレサ・ルビンスカ(Prof. Teresa Lubinska) |
非議員 |
シチェチン大学教授 |
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○情報機関調整担当相 |
ズビグニェフ・ワッセルマン (Mr.Zbigniew Wasserman) |
法と正義 |
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○国防相 |
ラドスワフ・シコルスキ (Mr. Radoslaw Sikorski) |
法と正義(上院) |
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○農相 |
クシシュトフ・ユルギエル (Mr. Krzysztof Jurgiel) |
法と正義 |
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○文化相 |
カジミェシュ・ウヤズドフスキ (Mr. Kazimierz Ujazdowski) |
法と正義 |
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○経済相 |
ピョトル・ヴォジニャク (Mr. Piotr Wozniak) |
法と正義 |
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○法相 |
ズビグニェフ・ジョブロ (Mr.Zbigniew Ziobro) |
法と正義 |
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○労働・社会政策相 |
クシシュトフ・ミハウキェヴィチ (Mr. Krzysztof Michalkiewicz) |
法と正義 |
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○国有財産相 |
アンジェイ・ミコシュ (Mr. Andrzej Mikosz) |
非議員 |
証券会社 Lovells 勤務 |
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○国民教育相 |
ミハウ・セヴェリンスキ (Prof. Michal Sewerynski) |
非議員 |
元ウッジ大学学長 |
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○地域開発相(新設) |
グラジナ・ゲンシツカ (Ms. Grazyna Gesicka) |
非議員 |
事業開発庁副長官 |
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○保健相 |
ズビグニェフ・レリガ (Prof. Zbigniew Religa) |
非議員 |
元中央党党首 |
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○環境相 |
ヤン・シシュコ (Prof.Jan Szyszko) |
法と正義 |
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○運輸・交通相 |
イエジィ・ポラチェク (Mr.Jerzy Polaczek) |
法と正義 |
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○スポーツ相(新設) |
トマシュ・リピェツ (Mr. Tomasz Lipiec) |
非議員 |
首都スポーツ公社総裁 |
*インフラ省は運輸・交通省に名称変更。科学・情報省は国民教育省に、欧州統合委員会は外務省に統合。
ポーランド閣僚の横顔
2005年10月 政務班
○閣僚評議会議長(首相)
カジミェシュ・マルチンキェヴィチ(Mr. Kazimierz Marcinkiewicz) 下院議員(法と正義)
1959年12月20日 ゴジュフ・ヴィエルコポルスキ生(45歳) ヴロツワフ大学数学・物理化学部卒
長く教育現場、教育行政畑を歩み、首相候補に指名される前は教育相候補とされていた。1992−93年には政権与党だった「キリスト教国民同盟」に当初から参加し、右派政治家に属するが、「法と正義」(PiS)の中では穏健、リベラル派の一人と目される。
PiSでも当初は教育族の中心者と目されていたが、経済分野にも識見を示しいる。性格は沈着、温厚で有能な行政官としての評判が高く、国会選挙の前から複数の大臣候補とされていた。
○内務・行政相
ルドヴィク・ドルン(Mr. Ludwik Dorn) 下院議員(法と正義)
1954年6月5日 ワルシャワ生(51歳) ワルシャワ大学社会学部卒
一貫して「法と正義」のカチンスキ党首兄弟と同じ政治の道を歩み、同兄弟の「第三の弟」と言われるほど関係が近い。同党主要幹部の一人。前議会では内務委員会に属し、汚職事件の捜査などで内務行政相を厳しく批判した。内務行政相への就任は自ら熱望したもの。
○外相
ステファン・メレル (Prof. Stefan Meller) 非議員(駐ロシア大使。元外務次官)
1942年7月4日 リヨン(フランス)生(63歳) ワルシャワ大学歴史学部卒。歴史学博士。人文教授。
1993年に外務省に欧州第一局長次長として招聘されるまでは、一貫して学術、調査畑を歩んだ欧州、ポーランド史の専門家。外務省で局長、次官とすすみ、1996年に駐仏大使に任命、2001年帰国し再度外務次官となり、翌02年から駐露大使。
人柄は温厚で有能な外交官の評判が高く、国内の政権交代でもポストを維持した。長年にわたり歴史学専門誌「世紀は語る」の編集長を務め、米国、仏、蘭等で客員教員の経験もある。
○財務相
テレサ・ルビンスカ(Prof. Teresa Lubinska) シチェチン市議会議員(法と正義系)、シチェチン大学教授
1952年9月17日 クシェンギニツェ・ヴィエルキエ(下シロンスク県)生(53歳)
財政学の専門家で、マルチンキェヴィチ首相の博士論文の担当教授だったが、同首相が97年に議員に当選したため中断した。2002年の地方統一選でシチェチン市長に立候補したが落選。個人としての投資も成功を収め、資産170万PLN(約60万ドル)は現閣僚では最大。
○情報機関調整担当相
ズビグニェフ・ワッセルマン(Mr.Zbigniew Wassermann) 下院議員(法と正義)
1949年9月17日 クラクフ生(56歳) ヤギウェウォ大学法学部卒
大学卒業後、すぐに検事となり、以後2001年に下院議員となるまで一貫して検察畑を歩み、2000年には検事総長代理を務めた。前国会では下院で石油会社オルレンの社長不当逮捕、リベート疑惑等を扱った「オルレン特委」の委員として辣腕を振るった。
○ラドスワフ・シコルスキ(Mr. Radoslaw Sikorski) 上院議員(法と正義)
1963年 ビドゴシチ生(42歳) オックスフォード大学政治学部卒
1981年の戒厳令時にイギリスに亡命。オックスフォード大卒業後はジャーナリストとなり、内戦下のアフガニスタン等で取材。1992年に帰国し、国防次官に抜擢。1997―2001年に外務次官を務めた後、ワシントンDCの著名なシンクタンクであるAEIの上級研究員。夫人はベストセラーの著書を持つワシントン・ポストの米国人記者。
○農業相
カジミェシュ・ユルギエル(Mr. Kazimierz Jurgiel) 下院議員(法と正義)
1953年11月18日 オグロドニキ生(51歳) ワルシャワ工科大学地理学部卒
社会主義時代には「連帯」運動に参加。94年からビャウィストック市議会議員、副市長を歴任し、土地利用、都市計画関係を主として担当した。97年に下院議員初当選。政党「中央合意」(1990〜2001)以来のカチンスキ党首兄弟の同士。「法と正義」幹部会員。
○文化相
カジミェシュ・ミハウ・ウヤズドフスキ(Mr.Kazimierz Michal Ujazdowski) 下院議員(法と正義)
1964年7月28日 キェルツェ生(41歳) ウッジ大学法学部卒
卒業後は学者、コラムニストとして活躍。1991年に27歳で下院議員となる。若手右派系の中心者と目され、カチンスキ「法と正義」党首の信頼があつい。36歳で文化相(ブゼク内閣)、その後下院副議長と政治キャリアを着実に積んできた。「法と正義」副党首。
○経済相
ピョトル・ヴォジニャク(Mr. Piotr Wozniak) 非議員
1956年生 (49歳)
90年代前半は在カナダ大使館商務参事官。ブゼク内閣でインフラ関係の首相顧問となり、当時のノルウェイとのガス・パイプライン敷設計画・交渉を推進した一人。エネルギー部門に関心が深く、石油会社オルレンの下院特別調査委では調査専門家の一人で、国営ガス公社の民営化には反対。今回の選挙ではワルシャワ選挙区で出馬したが惜敗。
○法相
ズビグニェフ・ジョブロ(Mr. Zbigniew Ziobro) 下院議員(法と正義)
1970年8月18日 クラクフ生(35歳) ヤギウェウォ大学法・行政学部卒
「法と正義」のカチンスキ党首兄弟に極めて近く、L.カチンスキ・ワルシャワ市長の法相在任時に30歳で法務次官に抜擢された。現行より相当厳しい刑法改正案を起草。前議会の「ルイヴィン事件」特別調査委で市民プラットフォームのロキータ院内総務と共に活躍して注目された。「法と正義」の若手プリンス格。
○労働・社会政策相
クシシュトフ・ミハウキェヴィチ(Mr. Krzysztof Michalkiewicz) 下院議員(法と正義)
1955年生 (50歳) ルブリン・カトリック大学卒
1980年の「連帯」設立時からその活動に参加し、主要メンバーの一人となった。1981年12月の戒厳令後は2年半にわたり投獄され、出獄後は豪州に出国した。1992年に帰国後はルブリン市の社会福祉関係の仕事に一貫して従事し、2002年より副市長。今回の選挙で下院議員となった。
○国有財産相
アンジェイ・ミコシュ(Mr. Andrzej Mikosz) 非議員
1965年生 (40歳) アダム・ミツキェヴィチ大学法行政学部卒
2000年から2年間証券取引委員を務め、証券市場部門の専門家として有名。証券会社、投資顧問会社の勤務が主体で、オルシュティンのストミル社の民営化・買収ではフランスのミシュラン社に対抗して民族資本側に立った。
○国民教育相
ミハウ・セヴェリンスキ (Prof. Michal Sewerynski) 非議員
1949年生 (66歳) 法学教授
労働法を専門とし、1990年代にはウッジ大学の学長を二期勤めた。カトリック運動に積極的で、1996年にはポーランドの56大学学長の教皇謁見を実現させた。ブゼク内閣では大学教育前面無料化法案などの立案に協力したが制定に至らなかった。フランス、カナダ、スイス等で海外客員教員の経験もある。
○地域開発相
グラジナ・ゲンシツカ (Ms. Grazyna Gesicka)
1951年生 (54歳) ワルシャワ大学社会学部卒。
元来は市民プラットフォーム支持で、今回の連立政策協議でもPO側の専門家として議論に参加していたが、マルチンキェヴィチ首相に入閣を要請された。事業開発庁の副長官という行政官出身で、ブゼク内閣でも労働・社会政策省の次官を務め、当時のEUからの各種補助金等の導入に関係した。
○保健相
ズビグニェフ・レリガ(Prof. Zbigniew Religa)
1938年12月16日生(66歳) シロンスク医科大学卒。医学教授
心臓外科医として高名で、心臓関係の専門病院の院長等を歴任した。1993年に当選以来、一貫して上院議員を務める。今回の大統領選挙でも当初立候補を表明していたが、途中で降板しトゥスク候補の支持に回った。病院の再国公営化に関する法と正義の政策を何度も批判してきており、今回の任命は法と正義の政策変更と言われている。
○環境相
ヤン・シシュコ(Prof. Jan Szyszko) 下院議員(法と正義)
1944年4月19日 スターラ・ミウォスナ(マゾフシェ県)生(61歳) 中央農業経済大学卒 植物学教授
長く母校である農業経済大学(ワルシャワ)で教鞭をとった後、改革後は環境省国立公園管理局長官として行政府入りし、中道・右派の政治活動にも参加してきた。1997〜99年にはブゼク内閣で環境大臣を務め、気候変動枠組み条約第5回会合(COP5)で議長となり、我が国とも緊密に協力した。今回の選挙で下院議員に当選。
○運輸・交通相
イエジィ・ポラチェク(Mr.Jerzy Polaczek) 下院議員(法と正義)
1961年8月24日 カトヴィツェ生。 44歳。 シロンスク大学法学部卒。
カトヴィツェ都市群の中都市ピエカルィ・シロンスキェの市役所住宅部の職員から、市議会議員、副市長に昇進し、インフラ建設が抱える問題点を現場で見た。1997年に下院議員に当選、国政に転出してからも、住宅等のインフラを専門にしてきた。
○スポーツ相
トマシュ・リピェツ(Mr. Tomasz Lipiec) 非議員
1971年 ワルシャワ生(34歳) ワルシャワ経済大学卒
競歩選手で、オリンピック三連覇のコジェニョフスキ選手には及ばないが、1997年の世界選手権で50キロレースで優勝。大学卒業後はラジオ、新聞等のスポーツ記者となる。その後体育行政に転じ、旧体育・スポーツ庁等に在勤。現在首都スポーツ公社の総裁で、ワルシャワ市役所との関係から「法と正義」シンパに。ポーランド陸上競技連盟副会長。