ポーランド政治・社会情勢(4月14日〜19日)
1.SLD執行部、全国評議会の開催を5月5日以降に。選挙は9月の可能性が一層強まる
4月18日、政府与党の民主左翼連合(SLD)は執行部会を開き、次回の党全国評議会を、下院で解散動議の採決が行われる5月5日以降の開催とすると決定した。採決は10:9の僅差だった。
SLDは、1月の全国評議会で総選挙の9月実施を党議決定している。しかし党内で前倒し選挙の主張が絶えず、最近はオレクスィ党首の周辺でも、世論調査での支持率ジリ貧状態から、6月選挙の方が有利だという声が出ていた。他方党議の変更には全国評議会開催が必要だが、今回の決定により、5月5日の下院審議では現行の「秋選挙」で党議拘束となる。同日以降は議会自身による解散審議の機会がほぼなくなるため、自動的に9月選挙が一段と濃厚になった。
なお、今回の執行部会では、オレクスィ党首が議長としての権限を最大限行使し、反対意見の抑え込みが露骨だったと伝えられている。
2.国民記録機関、ヨハネ・パウロ2世には司教時代から身辺にスパイが配置と発表
4月19日、社会主義時代の公安の非合法活動を調査、訴追する国民記録機関(IPN)のキエレス総裁は、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世には、司教時代から常に聖職者等のスパイが配置され、その行動を逐一公安当局に報告していたと発表した。多くの文書上の証拠が既に挙がっており、いずれ密告者、公安の担当者氏名も発表される可能性がある。
今回の発表によると、カロル・ヴォイティワ(教皇の俗名)は、学生だった1946年から既に要注意人物として当局にマークされ、1958年の司教叙任時には全面的な電話盗聴が開始された。クラクフ大司教に任命される直前、公安は党中央委に対し、「K.ヴォイティワは(社会主義にとって)非常に危険なイデオロギー的敵対者」と報告している。大司教時代には常に数名から十数名のスパイが配置され、特に三名の聖職者が中心だったとしており、教皇就任後の里帰り巡礼時には、約480名の公安要員、秘密協力者が各訪問先に配置されていたという。
3.国防相、イラク駐留軍主力は年内に撤退と発言
4月12日、シマイジンスキ国防相は、「ポーランドは、イラク安定化部隊の駐留根拠となっている現在の国連安保理決議が失効する今年12月までに、その使命を終えるべきである」と発言した。ただし、安保理での新決議が成立し、イラク政府の要請がある場合は、2006年もイラクの軍、治安部隊育成のため残留する可能性はあるが、それは次期大統領、次期政権の判断することだとしつつ、派遣規模は間違いなく大幅に縮小される、と述べた。また7月の駐留部隊交代時には、現在の派遣数1700名をかなり削減する、とも発言した。
年末までに安保理で新決議が採択されなければ撤退、というのは従来のポーランド政府の立場から変わっていない。ただし、この時期に年内撤退を改めて強調した意図が明確ではない。2006年以降の具体的措置について発言したのは始めてで、公式には次期政権、大統領への政策提言だが、各国メディアはポーランド政府の決定、と報道した。
なお同国防相は、2007年に、ポーランドはアフガニスタンのNATO・ISAF(国際治安支援部隊)に1000名以上の兵員派遣を検討している(現在は約100名)が、イラク派遣では米国から相当の支援があるものの、NATO派遣では各国の丸抱えになる、とも発言した。
4.大統領、カティン事件の記念式典で、ロシアにジェノサイド認定などを要請
4月16日、クワシニェフスキ大統領は、第二次大戦中のソ連当局による抑留ポーランド将校の大量虐殺事件、いわゆる「カティンの森」事件の65周年記念式典に出席、ポーランド、ロシア両国民に、真実と理解、将来に向けた和解の道程を共に模索することを呼びかける、「両国民に対するアピール」を発表した。
その中で同大統領は、ロシア側に対する要請事項として、(1)未発見の約7000名の遺体所在地の特定、(2)現場での実行犯を含む全ての関係者の氏名公開、(3)全関係資料のポーランド側への提供、(4)本件を特定目的での無差別殺害、いわゆるジェノサイドと認定すること、を要請した。この内未発見の遺体所在地の特定以外は、すべてこれまでロシア側当局が拒否してきたもの。
また同大統領は、5月9日の対独戦勝60周年記念モスクワ式典についても言及し、ドイツの占領からの解放は、全ての国民に自由と、その将来に関し自ら決定する権利を与えたものではなかった、と述べた。(ロシア外務省は、ヤルタ、ポツダム両会談で、ポーランドはより多くの新領土を付与された、との見解を表明し、ポーランド側が強く批判している)。
なお同式典では、カティン事件遺族連盟関係者、事件調査に協力したロシアの「記録」(memorial)協会会員、ヤコブレフ元大統領顧問などの研究者に勲章を授与された。
5.ゲットー蜂起62周年記念式典
4月19日、ワルシャワ・ゲットー蜂起の記念碑前で、同蜂起62周年の記念式典が開催された。席上、2008年に、祈念碑の隣接地にポーランド系ユダヤ人歴史博物館が設立される計画が発表された。
6.政界トピックス
(1)法と正義、世論調査で市民プラットフォームを抜き始めて第一党に
4月11日に発表された世論調査センター(CBOS)の政党支持率調査結果で、「法と正義」PiS)が24%を獲得し、過去1年半にわたり1位を保ってきた市民プラットフォーム(PO。20%)を抑えて第一党となった。この他、「自衛」が14%、家族同盟(LPR)10%、社民党5%、農民党、民主左翼連合(SLD)、自由同盟(UW)が各4%、労働同盟(UP)が3%だった。
PiSは、次期政権でPOとの連立を前提にしつつも、選挙で第一党となりJ.カチンスキ党首を首相にすることを目標としてきている。今回の結果について、教皇の逝去後の雰囲気がPiSに有利にはたらいた一時的なものとする向きもあるが、トゥスクPO党首は、「冷水シャワー」として党勢回復の努力を表明した。また、社民党以外の左派政党がすべて足切りラインの5%を割ったこともショックとなった。
(2)大統領を中心に左派各党会合
4月19日、SLD、社民党、UPの最高幹部が大統領官邸で会合を持った。上院選挙の左派統一候補者名簿作成には異論がなかったが、下院については、ボロフスキ社民党党首が一部SLD幹部を候補者名簿から排除することを強く要求し、合意に至らなかった。左派の大統領候補は同党首と、チモシェヴィチ下院議長のいずれかとすることで集約したが、どちらにするかについては議論も不調で、調整の困難さをうかがわせた。
(3)民主党、5月8日に発足
フラシニュク自由同盟(UW)党首らは、教皇の葬儀で延期されていた新党民主党(UD)の発足会合を、5月8日に開催すると発表した。
(4)ヤルガ=ノヴァツカ党首、UPを離党。副首相は残留。
4月19日、労働同盟(UP)党首のヤルガ=ノヴァツカ副首相は、新左派連合の「左派同盟」(UL)設立に関し、UP内で意見対立が解消できなかったとして、離脱を表明した。ULは5月7日に発足し、選挙には独自に臨む予定。副首相の辞任を申請したが、ベルカ首相は受理せず、行政の不安定を避けるためとして留任した。UPからも異論は出ていない。
(5)レリガ上院議員、大統領選立候補表明
4月18日、レリガ上院議員が、大統領選挙の立候補を表明した。同候補は、一時は世論調査で大統領候補人気投票のトップにあったが、この立候補表明を含め、最近はマスコミでの注目度も小さくなっている。
(6)ソハ国財相の不信任案否決
4月15日、下院は、ソハ国有財産相の不信任案を、与党、社民党の反対により39票差で否決した。ベルカ首相は、不信任案の可決は内閣全体に対する不信任であり、その際は内閣自体の信任投票を要請する、と述べていた。