ポーランド政治・社会情勢(4月6日〜4月13日)

 

1.ローマ教皇の逝去

(1)4月8日、ヴァチカンでのローマ教皇の葬儀には、ポーランドから国会議員百数十名を始め、市民数十万人が参加した。ポーランド政府の正式代表団は10名で、米国始め各国割当てが5名とされた中、教皇の出身国として例外とされた。メンバーは、クワシニェフスキ大統領夫妻、ベルカ首相、チモシェヴィチ下院議長、パストゥシャク上院議長、ワレサ元大統領夫妻、マゾヴィエツキ元首相、フジャノフスキ元下院議長、スホツカ駐ヴァチカン大使(元首相)。

(2)ポーランド各地で教皇の記念碑建立などが進む中、クラクフでは、ヨハネ・パウロ2世を記念する「丘」(kopiec)の建設委員会が正式に発足した。これまで、ポーランドで死後に記念の丘が建設されたのはT.コシチューシコとJ.ピウスツキだけで、両方ともクラクフ近郊にある。今回のヨハネ・パウロ丘はこの二つを上回る規模で、高さ40メートル、建設費用は2000万pln以上とされている。場所は、教皇が大戦中に強制労働に従事していたSolvay社の工場跡地に予定されている。

(3)4月7日、世論調査センター(CBOS)は、「ポーランド人は教皇を敬愛してはいたが、その助言、教えがポーランド人の生活で生かされていないと感じるか」というアンケート調査を行い、85%が賛成という結果が出た。

(4)ヴァチカン・教皇聖庁のノヴァク大司教(ポーランド人。聖人列関係担当)は、早ければ10月にもヨハネ・パウロ2世が聖人に列せられる可能性が有るとイタリア誌の記者に述べた。しかし、教会法の定める手続では、列聖には通常5年かかることから、教皇庁内部でも、この発言はヴァチカンのポーランド人グループの圧力行使だと噂されているという。

 

2.ワレサ元大統領、「連帯」離脱を表明

4月11日、ワレサ元大統領は、1980年8月の「政労合意」、「連帯」発足25周年記念式典にクワシニェフスキ大統領を招待したいとインタビューで述べた。また、この招待には(「連帯」内で)反対が多いことも知っており、私は式典終了後に自主管理労働組合「連帯」を離脱する、と述べた。

「連帯」では、シニャデク現委員長が、クワシニェフスキ大統領は80年当時共産政権側にあり、連帯運動の理念に一切関係なかったとして、少なくとも8月30日の「連帯」の記念年次総会には招待しないと発表した。翌8月31日の記念ミサ・式典については明言せず、ワレサ氏の意向に委ねた形となった。同式典には、国連のアナン事務総長、ハヴェル前チェコ大統領、ブッシュ大統領の代理としてライス国務長官、バローゾ欧州委員長などが参加を検討している。「連帯」の内部でも、こうした外国要人が公式招待される中で、自国の大統領であるクワシニェフスキ氏の関与は欠かせないとする声も強かった。

ワレサ大統領は、「私はかつて一千万人の人々を糾合した「連帯」を指導した。今の組合員75万の「連帯」は通常の労働組合であり、それはそれで存在意義は勿論あるが、私とは最早関係が無くなった」、と寂しそうな表情TV語った。

クワシニェフスキ大統領は、ワレサ元大統領の招待に感謝する、と述べた。

 

3.ワレサ元大統領、クワシニェフスキ大統領と「奇跡的和解」

4月8日、ヴァチカンでのローマ教皇葬儀に参加したワレサ元大統領とクワシニェフスキ大統領は、聖ペテロ広場の葬儀会場に入場する際にまず握手を交わし、式典後、空港近辺のレストランで他者を交えて懇談した。内容は、ダイエットなど一般的な話から始まり、教皇死後の政治的平穏をどう維持するか、特に選挙前には政治文化を維持するのが困難、といったテーマだったと伝えられる。

両者は、1995年に争った大統領選挙以来、一切会談せず、公式、非公式を問わず同じ場所に同席することもなかった。今回始めて「和解」したことについて、ワレサ元大統領は、「教皇の導きがこれを余儀なくさせた。我々は、世界中に、教皇が奇跡を起こせることを示した。一度握手を交わした以上、(今後は)話し合いが可能だと言うことだ。」と述べ、クワシニェフスキ大統領は、「今日、ヨハネ・パウロ2世は新たな勝利を収めた。ワレサ(元)大統領と有意義な会談を行った。」と述べた。

 

4.独政府、外国人労働者流入制限のため、最低賃金補償制度拡大を計画

シュレーダー独首相は、従来建設業に限られていた最低賃金補償制度を、他業種にも拡大する措置の検討を命じた。目的はポーランド等外国人労働者の流入の実質制限のためといわれている。現在、各種業種でポーランド等のEU新規加盟国労働者の時給は、4−5ユーロとドイツ人の数分の1。ドイツ政府は、これを「労働ダンピング」としてまず調査に着手した。各国では、「自国より低い賃金で就労しているわけではなく、『ダンピング』とは不適当。」と反論している。また、ドイツの業界からも独経済の弱体化をもたらす、として反対の声が上がっている。

 

5.統計局、企業で好業績とリストラの並行が進行、と指摘

4月5日、中央統計局は、現在170の事業所で、今後1年間に10,300人の解雇が予定されていると発表した。現在の総失業者数は約3百万人。

「トリブナ」紙の報道では、その代表例は、

○石油会社LOTOS系統の精油所で約450名

○冷凍庫生産のIglopolが近く倒産の見込みで、250名

○石油会社オルレンで、交渉次第ながら約300名の解雇予定(従業員総数は約5,000名。)

○スカンディナヴィア系企業のColetta Fazerのグダィンスク支社で320名

Volkswagen Poznanで今年120,来年500名削減。(従業員総数は約7,000名)

○TP(ポーランド電信電話)で3,500名

この他ワルシャワ所在の自動車企業FSOでは、完全閉鎖で2,300名の従業員(関連企業約4,000名)解雇の可能性もあったが、ウクライナ企業による実質買収で当面一部リストラに留まった。また、経済省では、電力業界でも黒字体質への転換には現従業員約20万名の半減が必要と試算されている。

上記の内、LOTOS、オルレン、VW、TPなどは2004年度にいずれも過去最高益を上げており、企業収益の向上とリストラの同時並行を浮き彫りにしている。

 

6.ユシチェンコ大統領、ポーランド訪問

4月11日〜13日、ウクライナのユシチェンコ大統領がポーランドを訪問、ワルシャワで要人との会見した他、ウクライナ国境に近く、ポーランド最大のウクライナ・コミュニティがあるプシェムィシル市を訪問した。両国首脳会談などでは、ウクライナ側のNATO、EU加盟努力に対し、ポーランドが全面的に支援することを約束した。

二国間の課題では、まずリヴィウ・オルウォント墓地(注)問題については、ユシチェンコ大統領は6月までの早期解決を約束したが、ポーランドによるUPA記念碑建設(注)許可問題とも関係して困難が予測されている。オデッサ・プローディ・パイプラインのプウォツク、グダィンスクまでの延長、カスピ海原油の対ポーランド輸出については、政治的には問題は無くなったものの、参加企業を募るのが課題になっている。

ウクライナ自動車企業AwtoZAZによるワルシャワ・FSOの株式20%取得・実質買収(形式的には80%は大宇が所有)も合意され、ポーランド政府は株式を売却し、AwtoZAZは5億9,000万plnの債務を引き受け、FSOは操業を継続することになった。

 

 (注):オルウォント墓地問題

ウクライナの西部のリヴィウ(Liviw)(ポーランド語でルヴフ)は、第一次世界大戦後のポーランド独立期にウクライナ人とポーランド人の間で帰属を巡って戦闘が起き、結局ポーランド領となった。オルウォント(「オルレン」の複数生格で「若鷲」の意)墓地は、その際亡くなったポーランド兵の集団墓地で、ウクライナ系市民から見ればポーランド民族主義の象徴と映った。第二次大戦後、リヴィウがソ連領となると、同墓地は一部破壊、閉鎖された。ウクライナ独立後に再整備されたものの、未だ一般公開されておらず、問題となっている。

 

(注):ウクライナ蜂起軍(UPA)は第二次世界大戦末期から戦後数年間にかけてウクライナ南西部からポーランド南東部にかけて反ソ連、反ポーランドのパルチザン活動を行った組織で、ソビエト赤軍、ポーランド軍により殲滅された。一般住民に対するテロ行為もあったため、その評価は分かれる。ポーランド国内のウクライナ系住民には、民族独立のために戦った若者達、に対する記念碑建設の要望が強いが、これまで政府(史的記念碑等管理庁)、地元自治体はテロ行為の存在を理由に認可していない。